戦闘空域に到着してみると、既にnoyssの戦艦は到着していた。
戦闘空域には、あたしたちとnoyssの戦艦以外には何もない。
本来なら、係争対象である例のブラックホールの近くで行われるべき戦闘なんだけど、万一の事態を考えて、WASCOはブラックホールから遠く離れた星間空間を戦闘空域に指定してきていた。これって、実はかなり例外的な措置らしい。
「それにしても、大きな艦ね……」
本日の対戦相手であるnoyssの戦艦は、あたしたちのTA−2系列艦よりも一回り以上は大きかった。そして、何だか妙に不格好な形をしていた。
船体中央部はTERRA系のデザインをしているんだけど、その両側から前へ伸びている艦載機用デッキのような部分があって、その間から細長い構造物が突き出ている。NESSお得意の魚類型でもないし、まるで見たことのないデザインラインだ。
「変なの……」
まどかがぶつくさと呟くのも頷ける。紅葉や綾乃も呆気にとられた表情をしている。
これまでにあたしたちが見てきた戦艦は、TERRAもNESSも、独特のデザインではあるけれども、そのフォルムには機能美のようなものを漂わせていたものだ。
それが、どうしたことだろう。今、あたしたちの前方800キロメートルの位置に静止している戦艦は、そこら辺のパーツを寄せ集めたような、およそ全体的なまとまりに欠ける形をしていたんだ。
……これが、noyss自慢の新型戦艦なのか?
みんなの顔には確かにそう書いてあるようだった。
「目標、動きます」
アソビン教授が簡潔な表現で、あたしに注意を促してくれる。
その声に、あたしは慌ててNA−01に神経を集中させた。
NA−01は猛烈な勢いで加速すると、インパルス砲を撃ちながら、こっちに向かって突っ込んできた。とても尋常な加速じゃない。
「うわっ」
思わず、あたしたちは艦を散開させた。
インパルス砲は単なる牽制だったみたいで、着弾はなかった。
「一体全体、なんだっていうのよ!」
突然、まどかが金切り声を上げた。
ホロビューを見ると、TA−25がダメージを負っている。
「どうしたのよ、まどか」
「どうしたもこうしたもないわ。インパルス砲に気を取られていたら、次元転換魚雷に当たったのよ!」
次元転換魚雷?
「何で、そんなものに当たってんのよ。ヴェイパーシールドがあるでしょうが」
「だって、突然のことだったから……」
当たり前だ。挨拶してから撃ってくるようなアホが、この宇宙のどこにいるというのだ?
「そんなことより、洋子! noyssで、次元転換魚雷といえば、何か思い出さない?」
はぁ?
「何それ?」
「……ったく、また『突発性間抜け症候群』が発症したの?」
悪かったな!
あたしがムッとしている横で、いきなり紅葉が大声をあげた。そして、ポンと手を打つ。
「ああッ! アロイス・フィンレイの『ローゼスストリーム』や!!」
「そう、それよ! 紅葉」
アロイス? ……ああ、ブッロサムの時の。
やっと思い出した(笑)。
「じゃあ、あの艦にはアロイスさんが乗っているんですか?」
「どうなんだろ? アロイス! 乗っているんだったら、返事しろ!!」
非暗号化回線を開いて、あたしはそう怒鳴ってやった。
「ご名答。さすがだね」
即座に、金髪の美形がホロビューに映る。アロイスだ。
「何の用よ」
あたしは言ってやった。
「戦闘中に呑気なものね。よほど、その戦艦に自信があるのかしら」
あたしの言葉に、アロイスはフッと淡い笑みを浮かべた。
「返事しろと言ったのは、君の方だろう? 自信なら、十分にある。この新発想に基づく戦艦には、君たちもきっと驚くはずだ。この『機動戦艦NA−01グラディエーター』の力を見せてあげよう!」
そう言うと、アロイスは自分から通信を切った。
間髪入れずにアソビン教授から報告が入る。
「NA−01、再び増速します」
「!」
素早く目を走らせてNA−01の姿を追いかけたあたしは、言葉を失った。
「変形した!?」
いち早く口を開いたのはまどかだった。さすが、アニメオタク。非常識な場面には慣れているみたいね。
そう、変形したんだ。戦艦が! しかも、あろうことか人型に!!
直線的に動いていたNA−01が、突然つんのめるような挙動を見せたかと思うと、次の瞬間には、そのシルエットが人型に変化していたんだ。『レイストーム』とかのシューティングゲームで、人型に変形するボスキャラを見たこともあったけど、まさか自分の目の前で、現実にそんなことが起きようとは、さすがのあたしも夢想だにしなかった。……まぁ、まどかはどうだか知らないけどね。
そして、あたしは、NA−01の特異なデザインの意味を知った。あの大きなデッキ状構造物は両脚になり、船体後方の取って付けたようなパーツは両腕に変わっていた。最初から変形することが前提のデザインだったんだ……。
人型に変形した今、そのフォルムが与える印象も大きく様変わりしていた。シャープなラインを持ち、お世辞抜きに格好いい。右手にはやたらとでかい剣を持っていて、全体から発散される印象は、さっきとはまるで違っていた。
つまり、強そうだってこと。
「……う、嘘やろ?」
「ま、まさか、あれで白兵戦をやらかそうってんじゃないでしょうね?」
「すごいですね……」
「う〜ん、遂にマクロスを超えたわねぇ。いや、フォートレス・マキシマスの方かな?」
あたしも含めて、皆が一様に驚きを隠せずにいる中で、オデコだけは相変わらず、訳のわからないことを言っている。
「ローソン! 一体、アレはなんなのよ!! 人型なんかに変形して、レギュレーション違反にはならないわけ?」
「それはない。レギュレーションには人型はダメだとは書いていないし、何より可変機構を禁止していないからな。それより、こいつは手強いぞ。何せ……」
「あ、後で。……来たッ!」
続きが気になったけど、それどころじゃない。NA−01が轟然と加速し、こちらに向かってきたんだ。
あたしは攻撃に備えて、身構える。
……にしても、つくづく現実感を喪失した絵だなぁ。まさか、巨大ロボットを相手にすることになるとはねぇ。
「このおッ!!」
あたしは、インパルス砲のトリガーを引いた。
光速近くにまで加速されたプラズマ弾が、NA−01に向かって一直線に飛ぶ。
そこで、あたしはまた自分の目を疑わなくちゃいけなかった。
「……ゑ?」
アロイスの操るNA−01は、軽いサイドステップを踏んで、ひらりとプラズマ弾をかわしてみせた。例えは古いけど、五条大橋の牛若丸を連想させる機動だ。
その、あまりの見事さに、さすがのあたしも息を呑んだ。
「NA−01、TA−23へ向けて転進……。接触します」
「!!」
あたしは、NA−01の剣が一閃し、TA−23の右舷艦載機発着デッキが切り落とされる瞬間を見てしまった。もう、かけるべき言葉が見つからない。
「あ、あれは一体?」
「巨大なブレードを超高周波振動させることにより、接触する物体を切断する兵器であると推測されます。振動ナイフの超大型版といったところでしょう。おそらく、零距離戦闘に照準を合わせて開発された近接格闘用兵器であると考えられ、一撃離脱戦術を採用した場合に高い効果を発揮するようです」
アソビン教授は、目の前の非常識な光景にも動揺することなく、あくまでも冷静に答えてくれた。
そのおかげで、あたしは少し平静さを取り戻せたような気がした。
「NA−01は?」
あたしの発した問いかけに、アソビン教授は言葉では答えなかった。その代わりに、明確なイメージが――NA−01の気配みたいなものが、頭の中に飛び込んできた。
戦艦のセンサーで得た情報を、思考制御システム経由で、プレイヤーにフィードバックする。それをプレイヤーは、周囲の気配を感じるように、感覚的に知覚する。そんなことを、前にローソンから説明されたような気がする。
ともかく、あたしはその感覚に従って、艦を回頭させた。
「いた!」
再び、TA−23に襲いかかろうとしている。
まどかと綾乃も援護に向かっていることを、ホロビューで確認しつつ、あたしはスロットルを全開にした。
だけど、先に駆けつけたのは、まどかだった。やっぱ、斥力場ターボには勝てないか。
「ブースト・オ〜〜〜〜ン!!」
意味不明な掛け声と共に、コバルトブルーの光芒が脇を掠めていく。
NA−01は素早く反応し、TA−23から離れた。
だけど、時すでに遅し。結局、紅葉のTA−23は両舷の艦載機発着デッキを完全に失ってしまっていた。
「すまんなぁ、洋子ちゃん。まさか、剣を使って攻撃してくるやなんて思わへんかったもんやから……」
「気にすることないわ。それより、自力で戻れる?」
あたしはそう声をかけた。
「それは大丈夫やけど。……洋子ちゃんも、あの剣闘士には気ぃつけや」
そう言い残して、紅葉はエスタナトレーヒに戻っていった。
再び、NA−01はこちらに向かって来ていた。名残を惜しむ間もくれやしない。
「こなくそッ!」
あたしは、迫り来るNA−01目掛けて、インパルス砲を撃った。
今度は、命中する!
そう確信したとき、あたしは、またまた目を疑ってしまった。
「……なッ!?」
プラズマ弾の軌道がNA−01の手前で逸れてしまったんだ。
立て続けに撃ち込んでみるけど、やっぱり軌道が逸れて命中しない。
「どうなってんのよ!?」
「電磁フィールドです、ミス・ヨーコ。敵艦の……左腕部に接続されたユニットから高密度の磁場が発生しています。作用場内のプラズマ弾の軌道を電磁気力によってねじ曲げて、直撃を防いでいる模様です」
アソビン教授が、すぐに状況を分析してくれた。
……それにしても、そんなにお手軽な方法でインパルス砲を防御できるなんてね。
そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、アソビン教授はこう付け加えた。
「しかし、この方法では至近距離からの攻撃を防ぐことはできません」
次の瞬間、NA−01の姿が消え、あたしの周囲は煌めく光に包まれた。
「えッ?」
「探知妨害です、ミス・ヨーコ。広域ジャミングのため、至近距離以外では、電磁波探知が無効化されています。ジャミング解除まで、他の探知法から得られた情報を再構成して表示します」
その言葉に続いて、あたしの周囲にモノクロの映像が浮かぶ。解像度はちょっと粗いけど、文句は言っていられない。
何とか思い直して、NA−01を探そうと首を巡らせた矢先のことだった。
突然、まどかの悲鳴が飛び込んできた。