STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

1-02:ターゲット


 パドック艦『エスタナトレーヒ』に戻ったあたしたちは、艦をドックに収容し、戦闘経過を報告するという、ルーチンで、それゆえに面白味に欠ける儀式を済ませてから、ブリーフィングルームへと向かった。
 そこで待っていたのは、ローソンとリオン提督だった。
 テーブルの上では、コーヒーが湯気を立てている。……ちゃんと淹れてくれたんだ。
「お疲れ様。今日の戦闘はどうだったかしら?」
 リオン提督が、そんなねぎらいの言葉をかけてくれた。
 あたしは根が素直だから、少しも迷うことなく、率直な感想を述べた。
「はっきり言って、手応えがありませんでした。今日の戦闘で相手にした、どの戦艦も動きに精彩がなくて、まるで素人が乗っているみたいでしたし。あんなことが続くようだと、TA−29の性能が泣きます」
「洋子の言うとおりです。あれぐらいの相手なら、別にあたしたちじゃなくても十分だと思うんですけど?」
 まどかが、あたしの意見に同調する。最近、まどかは何かのイベントを控えているらしく、割と忙しくしているので、些細なことで時間を潰したくないらしい。そんなことを――昨日だったかな?――漏らしていたような気がする。
 そんなあたしたちの反応に、リオン提督は苦笑してみせた。
「今のNESSは政治的に混乱しているから、優秀なプレイヤーがWASCO管轄下の戦闘にほとんど参加していないのも、きっとそれが原因ね。確かに、今日の戦いを見る限りでは、洋子さんたちの力量に見合うだけの戦闘力があるとは思えないわ。だけど、今回の戦闘にかかっていた権利はTERRAにとって相当に重要だったから、上層部としても安全策を採ってウチを指名してきたのよ」
 それは初耳だ。
「その権利って、いったい何だったんですか?」
 綾乃が首を傾げる。
 無理もない。いきなり呼び出されて、慌ただしく戦闘準備に取り掛かったから、今回の戦闘の重要性について、これといった説明は受けていなかったんだ。
「ブラックホールだよ」
 そう答えたのは、ローソンだった。
「ブラックホール? そんなもん、どないするっちゅうんや?」
「そうよ。何でも吸い込んで、ただ真っ黒いだけじゃない!」
 紅葉とまどかが、そう言って訝しげに顔を見合わせる。
 その様子を見たローソンは、何やら妙に嬉しそうな表情でイスから立ち上がり、壁際に歩み寄った。
「これを見てくれ」
 そう言って、ローソンは指を鳴らした。
 たちまち、ローソンの隣にホロビューが浮かび上がる。それは、宇宙の闇を背景にした強い輝きを放つ光の円盤の映像だった。見ようによっては、コマのようにも見える。
「何これ?」
 何気なく、あたしはそう訊いた。
 すると、その言葉を待っていたとばかりに、ローソンは嬉々として解説を始めた。
「これは、降着円盤だ。連星系の片一方の恒星がブラックホールになった場合、もう片一方の恒星のガス物質はブラックホールの重力場に落ち込んでいく。ブラックホールの重力場は非常に強力だからね。降着円盤は、その一連のプロセスの結果として形成されたものだ。中心から噴き出しているバーストは、ブラックホールのとても複雑な磁場によって生じている。ちなみに、この降着円盤の半径は、1天文単位を超えている。つまり、太陽を中心とした地球の公転面によりも、更に広大というわけだ」
 とてもじゃないけど、想像力が追いつかない。目の前でゆったりと回転している円盤が、実はとてつもなく巨大(この言葉でも足りないな)だなんて……。
 そんな感傷的な気分を、オデコがぶち壊した。
「それが何の役に立つっていうの? あたしたちを引っぱり出すほどの価値が、コレにあるっていうわけ?」
 まったく、こういうときだけ現実主義者になりおってからに。
「いい質問だな、まどかくん。降着円盤も含めて、このブラックホールは巨大な発電所として利用することができるんだよ」
「発電所?」
「そうだ。ブラックホールに落下する物質の位置エネルギーを熱や光に転換すれば、そこから簡単にエネルギーを取り出すことができる。今回のケースでは、既に位置エネルギーが熱や光に変換されている。つまり、ブラックホールの周囲で降着円盤を形成しているガスが激しい摩擦を起こしていて、高温に加熱され、強い光を放射している。円盤が光り輝いているのは、そのためだ。あとは、その膨大なエネルギー放射を受け止めて、電力に変換してやればいい。核融合の、そうだな、10〜60倍の効率でエネルギーを得ることができるだろう。おまけに、その耐用年数は数百万年ほどと見積もられているんだよ」
「す、数百万年ですって!?」
「き、気の長い話やなぁ……」
 そう呟いて、まどかと紅葉が崩れ落ちる。綾乃は、というと、「まあ、すごい」とか何とかいって、口に手を当てている。
 人類が農耕を始めて一万年かそこらだったはずだから、確かに気の長い話ではあるな。
 だけど、TERRAとNESSが、このブラックホールを欲しがる理由はよくわかる。この時代(に限らないけど)、エネルギーは幾らあっても困るものじゃないし、むしろできるだけたくさん欲しいはずだからね。簡単に莫大なエネルギーを得られるのなら、きっと喉から手が出るほど欲しいに違いないってことくらいは、あたしでも想像がつく。
 でも、それならそれで、もう少しマシな連中をよこせばいいものを……。あれじゃ、TERRAにプレゼントしているようなもんだぞ。まったく。
「それで、今回の戦闘で、このブラックホールはTERRAのものになった訳ね?」
 あたしは、一応、念を押してみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「それが、そうもいかないのよ。今度は、noyss――正確には、noyssと提携している中立星系が領有権を主張してきていてね。どうやら、また戦闘をお願いすることになりそうだわ」
 リオン提督は、申し訳なさそうに、あたしたちの方を見た。
 相手のあることだから、別にいちいち文句を言うつもりはない。第一、自分の好きでやっていることだしね。
 まぁ、せめて今回よりは骨のある対戦相手だといいなぁ。そんなことを考えながら、あたしはコーヒーに口をつけた。そして、舌先で感じたほのかな苦みに、ホットココアを頼んでおけばよかったと軽く後悔したのだった。

 三日後、あたしたちは再びエスタナトレーヒのブリーフィングルームにいた。
 勿論、数時間後に控えた、対noyss戦の打ち合わせのためだ。
 noyssは、NESSよりはやる気があるみたいで、今回の戦闘に新造戦艦をエントリーしてきていた。なにせnoyssに今回の戦闘を依頼してきた中立星系というのは、これまではTERRAとNESSの二大陣営の陰に隠れがちだった勢力で、自前の軍事力はないし、経済的にも弱い立場にある。だからこそ、莫大なエネルギー源が欲しくてたまらないらしい。あわよくば、電力を売却して一儲けしようっていう考えもあるみたいだ。
「noyssの新型艦は『NA−01グラディエーター』だ」
 ローソンがそう言って、ホロペーパーの表示を消す。
「ちょっと待ってよ、それだけなの?」
「ああ。エントリーされているのは、NA−01、ただ一隻だけだ。だが、NA−01の詳細は不明だ。大丈夫だとは思うが、くれぐれも油断しないでくれよ」
 ローソンが神妙な面持ちで念を押す。
「わかってるって!」
 こっちまで不安になりそうだったから、あたしは殊更明るく返事してやった。

 ストンと落ち込むような感覚の後で、再び持ち上げられ、そして瞼の向こう側の光が遠のいていく……。
 そんな複雑な経過を辿って、あたしはバブルボードの中にいた。もうすっかり慣れてしまったプロセスだけど、何回やっても、このコクピットが周囲から独立した宇宙だという実感は全く湧いてこない。
「おはようございます。ミス・ヨーコ」
 アソビン教授が挨拶してくる。
「あれ、今って朝なの?」
「はい。地球標準時間で午前7時35分です」
 宇宙に出ると時間感覚狂っちゃうのよね。ふふ、20世紀の人間とは思えない台詞だけど、本当だもんね。
「そっか……。発進までは?」
「残り580秒。発進シーケンスは滞りなく進行中です」
 こうなると、ちょっとヒマだな。さしずめ、「NOW LOADING」ってところなんだけど、この待ち時間って実際よりも長く感じられる。
「よし、洋子くん、離床準備だ!」
 発着管制官のデリングハウスがそう言ってくる。
 待ってました! あたしは勇躍する気持ちを抑えつつ、スティックとスロットルを握りしめた。
 目の前のハッチがゆっくりと開いてゆく。それにつれて、ハッチの隙間から見える星空も徐々に広がっていく。あの漆黒の宇宙空間が、あたしたちが戦うステージなんだ。
 うーん、この心地よい緊張感が何とも言えないわね〜〜。
 そんなあたしの耳に、スタッフのやり取りが飛び込んでくる。
「全相転移炉、第一次臨界。相転移開始します」
「思考制御システムチェック。……チェック完了。思考制御システム、ペンローズ器官に接続します」
 このとき、あたしは不思議な感覚に襲われる。周囲の空間があたしの中に飛び込んで、そして拡散していくような――そうだな、四方八方から波が打ち寄せて、そして退いていく。そんな感覚ね。そうやって、あたしはTA−29と一体化する。つまり、この瞬間に『特一級打撃戦艦TA−29ヤマモト・ヨーコ』は、紛れもなくあたし自身になるわけだ。
 この感覚は、実際に思考制御システムを体験してみないとわかんないだろうな。口先だけでは、この何とも言えない感覚をうまく説明できない。
「……思考制御システム、同調確認」
「艦内制御回路、および各種センサー系、異常なし!」
「離床!」
 デリングハウスの声がして、後ろから押されるような感覚が伝わってくる。
 小型のタグボートが、TA−29をドックの外へ押し出しているんだ。
 あたしが完全にドックから押し出されたときには、その周囲にまどかたちの艦も展開していた。どぎついエメラルドグリーンの艦がTA−25。鮮やかなイタリアンレッドの艦がTA−27。そして、黒地に金色のラインの艦がTA−23だ。どれも、F1マシンのような鋭角的なフォルムをしているという点では共通している。ちなみに、TA−29は白地に青のストライプというカラーリングだ。
「よし、順番に発進していってくれ」
「そんなら……」
 最初に、紅葉が発進する。
「スーパーストームTA−23カガリヤ・モミジ、アクション!」
 続いて、まどか。
「スーパースプリントTA−25ミドー・マドカ、行きま〜す!」
 その次に、綾乃。
「スーパーストラグルTA−27ハクホーイン・アヤノ・エリザベス、いざ参る!」
 そして、最後はあたしだ。
「スーパーストライクTA−29ヤマモト・ヨーコ、ゲットレディ、GO!」
 やっぱり、あたしのセリフが一番かっこいいな。うん。


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