STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

1-01:フラストレーション


 ドッカ〜〜ン!!
 そういう爆発音でもすれば迫力があるのだけど、真空の宇宙ではどんな小さな物音ひとつしやしない。せっかく人が戦艦を沈めたというのに、これじゃあカタルシスがない。勿論、あたしの不満はそれだけじゃない。
「ったく、BGMくらい流してもいいんじゃないの?」
「ミス・ヨーコ。これは遊びではありません。音楽は周囲からの情報をフィードバックするプロセスに、少なからぬ影響を与えます。このことは思考制御の……」
 サポートAIのアソビン教授は、何でもいつでも真面目に答えてくれる。
 あたしだって、「BGMを流せ」という要求が不当であることぐらいわかっている。そもそもオーディオ機材はバブルボードに積まれてないしね。だけど、そんな無茶を言いたくなるくらい、今日の『ステージ』はヌルいんだな……。
「わかってるって。そんなことより、残存目標は?」
 とりあえず、無駄話を打ち切って、本来すべき話題を持ち出してみる。
「残り二隻。……今、残り一隻になりました。本艦正面、約15000のポイントを移動中です」
「正面!? 何をとろとろやってんのよ! 人をナメてるのかしら」
「ご承知とは思いますが、敵プレイヤーの練度不足と推測されます」
「それをナメてるって言うのよ! 自分で言うのもなんだけど、TERRA最強のチームに練度不足の艦隊をぶつけてくる根性が許せないわね!」
「なるほど。実に論理的です」
 アソビン教授が妙に納得してみせる。こんなアソビン教授の反応はちょっと珍しい。あたしは何だか得したような気持ちになったけど、それも一瞬のことだ。
「目標付近に、まどかたちは?」
「展開していません」
「よおっし!」
 アソビン教授の答えと同時に、あたしはスロットルを全開にした。
 たちまち、潮汐力ブースターが全長1500メートルの『あたし』を一気に加速させる。本当なら無事ではいられないほどの急加速なんだけど、バブルボードのおかげで全くGを感じないで済む。そうでなけりゃ、あたしはここにはいられない。
 最初は肉眼で確認できていなかった目標の姿が、瞬く間に視界に入り、そしてグングン大きくなってくる。
 敵も全長1200メートルはあろうかという宇宙戦艦だ。もっとも、この時代の人間は、わざわざ『宇宙』戦艦とは言わないけどね。
「目標艦種を確認。改ドラーダ級戦艦です」
 そう、アソビン教授が報告してくる。ドラーダといえば、もう旧式艦の仲間入りを果たしつつある戦艦だ。だけど、何か余分な修辞がくっついているのが気になる。
「改ドラーダ級? なにそれ、カスタム艦なの?」
「似たようなものですが、少し違います。ドラーダ級標準戦艦をベースに全面改修を施した新型艦です。出力、攻撃力、装甲防御力、機動性などの全ての面でドラーダ級を凌駕しています。新型のバラクーダ級戦艦の配備スケジュールが遅延しているために、急遽投入されたようです」
「なるほど、『ダッシュ』とか『ターボ』とか『ゼロ』みたいなものね」
「何ですか? それは」
「ゲームの話よ……」
 あたしたちがそんなくだらないおしゃべりをしている間に、目標との相対距離は半分以下に縮まっていた。
 もう無駄口を叩いている場合じゃない。
「至近距離からエヴァブラックを叩き込むわよ!」
「了解しました」
 何を了解したのか、って思った? 実を言うと、艦の細かい姿勢制御はサポートAIが一手に引き受けている。進行方向とか、ロール角度とかはプレイヤーが決めるんだけど、何しろ戦艦の全長は軽く一キロメートルを越えるものだから、「大男、総身に知恵が回りかね」という言葉通り、人間の感覚だけじゃ制御が追いつかない。畢竟、サポートAIに頼るしかないわけだ。
 さて、ホロビューの正面に目を戻すと、猛スピードでドラーダ改の姿が迫ってくる。その様子を見ながら、あたしは急斜面を滑り落ちるような感覚を味わっていた。
 ドラーダ改が、ようやくこちらに気が付いて艦首を向けてくる。だけど、そんなことするくらいなら、おとなしく逃げた方がいいのに……。
「今更、遅すぎるのよッ!」
 あたしは躊躇いなくトリガーを引いた。
 至近距離から放たれたプラズマ弾が、ドラーダ改にまともにぶち当たる。哀れなドラーダ改は爆発四散して果てた。ま、当然の報いね。
「NESSの戦力は指定戦闘空域には残存せず。TERRAの勝利が認定されました」
「そりゃそうよ。敵があんなに弱いんだもん」
 アソビン教授の報告を、あたしがそう受け流したときだった。
「それだけじゃない」
 見慣れた男の顔がホロビューに映る。あたしたちが乗っている戦艦を設計した技術者のカーティス・ローソンだ。あまりに見慣れすぎて、有難みも何もない。
「TA−2系列艦の性能を、君たちが存分に引き出してくれているからこその勝利さ」
 ったく、この男は〜〜。そういうことを、よくもぬけぬけと言えたものだ。
 あたしたちのことを褒めてるのか。それとも、ただ単に自分の戦艦デザインを自画自賛してるのか。どっちなのか、ハッキリしてもらいたいところね。
「……とにかく、帰投するわ」
「ああ、温かいコーヒーでも淹れておくよ」

 ところで、あたしのことを知らない人のために簡単な自己紹介をしておくわね。
 あたしの名前は、山本洋子。まぁ、弁解の余地のないくらいに、ごく平凡で、ありきたりな名前だ。普段は、東京都足立区の私立東綾瀬高校に通う女子高生をしていたりする。
 わざわざ、「普段は」と注釈付きで言ったのには理由がある。
 あたしは、千年後の未来世界で宇宙戦争をすることを放課後の日課にしているんだ。驚くべきことに、こんな非常識なことをやっているのがあたしだけではないと来ている。
「今日の敵は歯ごたえがなかったわ〜。まったく、最近の傾向を逆行しているわね」
 と、訳のわからないことを呟いているのが、御堂まどか。高速戦艦TA−25に搭乗し、バレルロールという体当たり攻撃を必殺技にしている(はっきり言っておくけど、考えたのは、あたしだぞ)。この上なく広大なおでこが目印だ。
「まどかさん、気を緩めてはいけませんよ。慢心は、心に隙を生みます」
 とても現代の女子高校生とは思えないような、堅いセリフを口にしているのが、白鳳院綾乃エリザベス。格闘戦艦TA−27に乗っている、古流柔術宗家の帰国子女だ。格闘戦艦というだけあって、重力アンカーを利用した、投げ技や固め技を得意としている。こればっかりは、あたしも真似する自信がないな。
「でも、まどかちゃんの言うとおりやで。ここんとこ、なんや知らんけど、NESSの艦隊が、えろう弱なってきてるんは事実やと思うよ」
 独特の妙に怪しげな関西弁を喋っているのが、松明屋紅葉。強襲空母TA−23に乗り、数百機の艦載機を同時に、しかも自在に操る。小規模とはいえども、劇団の娘として殺陣や立ち回りの練習を重ねてきたことが、意外なところで役に立っているみたいね。
「ま、細かいことは気にしない。常に一回一回を全力で戦うのみよ」
 そうは言ってみるものの、やっぱり今回みたいなことが続くと、正直言って、つまらない。さっきの戦闘中に、あたしがどうでもいいことでイラついていたのは、それが理由だ。
 ちなみに、あたしは打撃戦艦TA−29に乗っている。ま、自分で言ってちゃ世話ないけど、TERRA最強の戦艦と言ってもいいんじゃないかな?
「そうですね。獅子はどんなに小さな獲物を追うときも全力を尽くすと言いますし」
「相変わらず、渋い例えねぇ」
 綾乃の言葉に、まどかは肩をすくめてみせる。そして、余計なことを言う。
「でも、洋子なら、獅子というより、ネコじゃないの?」
「四大ドームを合わせても対抗できないくらい、バカでかいオデコの持ち主に言われたくないわね!」
「なんですって!」
 しまった! また、パターン化された掛け合いを始めてしまった!!
 ちらりと、横目でホロビューを確認してみると、綾乃と紅葉が笑いを噛み殺しつつ、こちらを見ている。
 まどかは、まだ何か言いたかったみたいだったけど、あたしは黙ってホロビューのスイッチを切った。


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