「すっかり共和国の空気にも慣れたみたいね」
「これは、セーガン大尉。わざわざご足労いただき、すみません」
「気にしないでいいわ。それより、『シルフィード』の進捗状況は?」
「ゾイドそのものに関しては、ほぼ完成したと言えますが、最後のピースが足りません」
「最後のピース?」
「はい。パイロットです」
「あら、まだ見つかってないの?」
「ええ、ゾイド自身の自我が強すぎて普通のパイロットを受け付けないんですよ。……何なら、セーガン大尉が乗ってみますか?」
「遠慮しておくわ。私には、ブラックオルフィスがいるしね」
そう言うとエレナは肩をすくめた。
シュバルツシルト以下12名の研究者たちはヘリック共和国へ亡命し、そこで例のアトラスモルガ消失点から発見されたコアから成長したゾイドの研究を行っていた。共和国軍上層部は、このガンスナイパーに酷似したフォルムを持つゾイドについての研究成果を新たな量産型ゾイドへフィードバックしたいという思惑を持っていた。そのために、慎重に育成を進めてきたゾイドの最終調整を、経験豊富なシュバルツシルトたちに任せたのだった。
そのゾイドは『シルフィード』と名づけられ、各種試験では良好な結果を残した。神経の反応速度、瞬発力、持久性、感覚器の有効範囲と感度。どれをとっても現行のあらゆるゾイドを凌駕する数値を弾き出したのだ。
だが、それに対応できるパイロットがいなかった。
ブラックオルフィスの時と同様、ゾイド本来の優れた性能を活かしたがゆえにパイロットを選ぶ機体となってしまったのだ。
共和国軍内には該当するパイロットはいなかった。
というより、挑戦したテストパイロットたちが軒並み体調不良を訴え、そのうち3割は病院送りになったと聞けば、真っ当なパイロットなら手を挙げたりしない。
このままでは、シルフィードがいかに高性能であったとしても、単なる宝の持ち腐れになってしまう。そのため、軍は、実動データの収集を条件に、シルフィードを民間に貸与することを真剣に考え始めていた。
「ま、そんなこともあろうかと思って、ちょっと興味深い情報を持ってきたわよ」
エレナは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「何ですか?」
シュバルツシルトも興味津々といった感じで身を乗り出す。
「これよ」
エレナが差し出したのは、ある雑誌の記事だった。
「これは?」
「あ、あたし知ってますよ。『紅の疾風』の異名を取るトップレーサーですよね」
横から記事を覗き込んだリディアがそう言った。
「そう! よく知っているわね、リディア。彼女は、リョウコ・クリスティーナ・イズミといってね。共和国領内で流行っているゾイドレースで連勝記録を打ち立てているレーサーなのよ」
「……へぇ。なるほど、この人をシルフィードのパイロットにしたらどうかってことですね」
「そういうこと」
「うん、面白そうですね。試してみる価値はあると思いますが、彼女のフィジカルデータを取り寄せられますか? いきなり乗せるのは危ないですから」
「OK。手配しておくわ」
そう言うと、エレナは右手を上げて敬礼した。
「では、私は任務に戻ります。雑誌は置いていくから、暇つぶしに読んで頂戴」
「どうもありがとうございます」
シュバルツシルトも軽く礼をして、ラボから退出するエレナを見送った。
「さて、と……」
シュバルツシルトはコンソールに向き直ると、その向こう側に見えているガンスナイパーと殆ど同じシルエットを持つ小型ゾイドを見やった。
シルフィードだ。
今はハンガーに固定され、コアへのイオン供給を制限されている。万一の事態に備えての措置だった。
――きっと、お前に生きる楽しさを教えてやるからな。
シュバルツシルトは心の中で、そう呟いた。
それはヘル・ラプターの顛末を見た彼の強い意思だった。二度とあんな不幸なゾイドをこの世に送り出してなるものか――という痛いくらいの決意。それがあるからこそ、彼は共和国で与えられた仕事に必死で取り組んできたのだ。
※
そうして一ヶ月が経過し、シュバルツシルトの思いはシルフィードとリョウコの運命的な邂逅によって現実のものとなった。
再び紡がれていく、人とゾイドの物語。
その行き着く果てに何があるのか、誰一人として知らないまま……。