第1話:胎動


 アトラスモルガが光となって消滅した二日後。
 そのアトラスモルガを巡ってバシリスクとレブラプター先行試作機が激闘を繰り広げた場所に、帝国軍の工兵部隊がいた。
 護衛のヘルキャット小隊が油断なく周囲を警戒する中で、ミサイルではなく作業用アームを後部ハッチ内に格納したモルガ3体は一心不乱に地面を掘り返していた。
 彼らはある極秘任務を与えられて、深い闇に沈んだミューズの森にいた。
 いつ共和国軍ゲリラ部隊に見つかるかもしれないという危険な状況下での作業は、その任務がいかに重要であるかと言うことの証明でもあった。
「慎重にやれ」
「了解」
「もう少し、深く掘ってみます」
 必要最低限の言葉を交わす以外は無言で、慎重に、注意深く土を取り除いていく。
 それは考古学の発掘調査にも似た、忍耐の要求される作業だった。
「あった。ありました!」
 作業用モルガのコクピットで、ナウマン少尉が小さく歓声を上げた。
 土の中から覗く金属質の物体は紛れもなく、探し求めていたゾイドコアであった。
「よし。とにかく、早く掘り出して撤収するぞ」
 リーダーのシュルツ大尉はそう言って、アームを手早く操作した。
 共和国軍勢力圏の真っ只中で探照灯を点けるわけにはいかないから、赤外線スコープを頼りにしながらの作業となる。お世辞にも作業しやすいとは言えない環境ではあるが、それでも可能な限り迅速かつ丁寧にアームを動かす。
 ものの30分ほどで作業は完了し、周りを土で覆われたままのゾイドコアが掘り出された。
 最も懸念された共和国軍ゾイドとの遭遇はなかった。
 だが、ホッとするのは早い。
 コアを荷台に固定する作業が残っている。
 部下のモルガが急ごしらえの荷台にコアを固定する様子を、シュルツはジリジリした気持ちで見守った。
「コアの固定を完了しました」
 作業を行っていた部下が緊張に満ちた声で、そう報告してくる。
「よし、長居は無用だ。ただちに撤収する。行くぞ!」
 シュルツの掛け声とともに、6体のゾイドは深い闇へと紛れ込んでいった。


 回収されたゾイドコアは、レッドラスト中央部に位置する帝国軍の基地に搬入された。
 そこは砂漠の中のオアシスに隣接して設営された基地で、前線基地というよりは新型戦闘ゾイドの実戦テストを担当する研究施設としての性格の方が強かった。
 運び込まれたゾイドコアは、周りの土を丹念に取り除いた後で、金属イオンをたっぷり溶かし込んだ培養液槽に入れられた。
 必要十分な栄養分を与えられたコアは、その日から自律的に成長をはじめた。その成長速度は通常より何倍も加速され、僅か2週間後にはハッキリとその形がわかるまでになっていた。
「レブラプターそっくりだ……」
 そのゾイドを目にした誰もが、帝国軍の新鋭小型ゾイド『レブラプター』との類似を認めざるを得なかった。
 これは驚くべきことだった。
 レブラプター特有の攻撃的なフォルムは天然自然にできたものではなく、オーガノイドシステムの関与によって生まれたものだとされていた。それが土の中から掘り出されたコアから自然に出来上がるというのは考えにくいことであった。
 もちろん、本家本元とは微妙に違っている箇所も幾つかあった。
 そもそも機体のカラーリングが違っていたし、背部に装備されたブレード状の武器もレブラプターとは異なる形状をしていた。
 だが、両者の類似に目を向けるとき、そういった細かい差異は無視してもいいくらい些細なことのように思えた。
「君は、どう思うかね?」
 基地司令を務めるクルト・ヴェルター准将は、傍らに立つひとりの男に向かって、そう訊ねた。
「……おそらく、アトラスモルガが生成したレブラプターのコピーでしょう」
 男は培養液に浸かっているレブラプターそっくりのゾイドを見つめながら、とんでもないことをあっさりと言ってのけた。
 男の名は、ミハエル・シュバルツシルト。
 レッドラスト北部基地にて、アトラスモルガの研究を行っていたチームのリーダーである。ちなみに、今回の調査を進言したのも彼らのチームだった。
「コピー? そんなことができるのかね?」
 ヴェルターは訝しげな視線を向けたが、シュバルツシルトはいたって真面目だった。
「アトラスモルガに関してはデータが完全ではないのですが、それでもいろいろなことがわかっていました。例えば、交戦した相手の情報を蓄積し、分析するという能力がそれです」
「別に珍しくはないだろう。現代の戦闘ゾイドは皆そういった能力を持っている」
「確かに、准将の仰る通りです。ですが、それは私たちが野生のゾイドにコクピットブロックを追加したときに積み込んだ戦術コンピュータのなせる技です。アトラスモルガはそういう機械的な、あるいは後天的な要素ではなく、先天的な性質として分析能力を持っていました。私どもの研究班では、オーガノイドシステムを使ってコアに焼き込んでいるのではないかと考えていました。今となっては検証不可能な仮説となってしまいましたが」
「そんなことが可能なのか!?」
 驚きに目を見張るヴェルターに、シュバルツシルトは軽く首肯した。
「オーガノイドシステムは、単にゾイドコアを活性化させるだけのものではありません。レブラプターがそうであったように、ゾイドの外観にまで影響を及ぼします。つまり、遺伝子レベルでゾイドの根本的な性質を左右するシステムだと考えるのが妥当です。もっとも、その機能は今の我々の理解を超えていますけれど……」
 シュバルツシルトの言葉にヴェルターは腕組みをして黙り込んだ。
 その様子を横目で見ながら、シュバルツシルトは続けた。
「アトラスモルガが光に転換したのは、新たなコアを生み出すためのエネルギーを得るためだったのかもしれませんね……」
 そう言うと、シュバルツシルトはレブラプターに酷似したゾイドを見つめて、しばし黙考した。
 目の前のゾイドが、アトラスモルガと交戦した際のデータをそっくり取り込んで作り上げたコピーなのか、あるいはそうではないのかを確かめる術はなかったが、そのコアがアトラスモルガの消失地点から発見されたという事実は、仮説を裏付ける十分な証拠であるように思われた。
 シュバルツシルトはもう一度、そのゾイド――基地内の者はいつしか『ヘル・ラプター』と呼ぶようになっていた――を見つめた。
 底知れぬ光をたたえる両眼。
 傷ひとつない金属の表皮。
 全てが研ぎ澄まされたそのゾイドは、今にも動き出しそうなくらい、エネルギーに満ち溢れているように見えた。
 大人しく培養液槽の中に浸かっているのが不思議なくらいだった。
 ――その所為なのか?
 シュバルツシルトは自問した。
 外見は単なる小型ゾイドであり、とてもよく見知ったデザインであるはずなのに、彼はヘル・ラプターを見た瞬間から得も言われぬ違和感を拭い去ることができなかったのである。
 ――やはり、古代ゾイド文明の遺産なのか……
 そう思った瞬間、シュバルツシルトは寒気にも似た感覚に襲われた。
 いや、まさか。
 考えすぎだ。
 自らの考えを振り払おうとして――あるいは、現実を見つめようとして――培養液槽を今一度覗き込んだシュバルツシルトだったが、逆に不安は増すばかりだった。
 ――このゾイドを人が扱うのは早過ぎるのではないか?
 そんな思いがシュバルツシルトの胸を掠めたが、もはや彼の個人的感情ではどうにもならないところへ事態は推移しつつあった。


 3日後。
 本国からの正式な命令書が下り、基地内の施設を使用してヘル・ラプターの詳細な研究が開始された。そして、それと同時にヘル・ラプターの存在は外部に対して厳重に秘匿された。
 ヘル・ラプターに関するあらゆる情報は機密レベルAにランク付けされ、2000人を越える大所帯の基地内部でもアクセスできる者は30人に満たなかった。
 情報の管理は厳格を極め、アクセスするためには指紋や網膜紋などを組み合わせた高度な生体認証が必要とされた。
 だが、遅すぎた。
 ヘル・ラプターのコアが搬入されてから三週間が経過した今になって箝口令を敷いても、その実効性はあまり期待できなかったのである……。


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