第1話:深い森の中で


 ZAC2100年。
 エウロペ大陸に展開中のガイロス帝国軍は、ヘリック共和国軍のゲリラ戦術に手をこまねいていた。
 そうした戦況を踏まえて、ガイロス帝国軍エウロペ派遣軍司令部は、共和国軍ゲリラに対する大規模掃討作戦を実施すべく、前線に突出し過ぎた各部隊に対して後退命令を発した。
 だが、その命令を実行することすら困難なほど、最前線に展開している帝国軍部隊は苦戦を強いられていた。

 エウロペ大陸東部のミューズ森林地帯。
 昼なお暗い鬱蒼とした森の中を進む一体の赤き機獣の姿があった。
 帝国軍の主力高速戦闘ゾイド『セイバータイガー』である。
 セイバータイガーは、旧ゼネバス帝国が開発した傑作ゾイド『サーベルタイガー』の改修機で、出力強化と冷却装置の改良により更なる性能向上を果たした機体である。
 サーベルタイガーのポテンシャルの高さは、その設計を流用してヘリック共和国が開発した『シールドライガー』の性能が優れたものであったという事実が、雄弁に物語っている。当然、そのマイナーチェンジ版のセイバータイガーの性能が悪いはずがない。実際、その優秀な基本設計から来る高性能を活かして、大異変後も様々な戦術バリエーションが計画、開発されてきていた。
 このセイバータイガーもそんなバリエーションのひとつだった。
 一見すると、ノーマルのセイバータイガーと変わりないように見える。
 だが、周囲の景色が映り込むほどに艶やかな装甲は、それがカスタマイズされた機体であることを示していた。
 このゾイドの名は『セイバータイガーD+』。
 対シールドライガー戦用にカスタマイズされたセイバータイガーで、装甲表面に施された対ビーム特殊コーティングの輝きが特徴的な機体である。
 また、搭載する火器を背部の2連装ビーム砲とミサイルポッドに絞り込むことで、空力特性の向上と軽量化を図り、それによって生じた余剰エネルギーを2連装ビーム砲やキラーサーベルに回すことによって、その攻撃力を向上させるといった工夫もなされていた。

 そのセイバータイガーD+に搭乗するフランツ・ハインケル少佐は、長時間に及ぶ戦闘に疲れ始めていた。
 木々の間から共和国軍の小型ゾイドが入れ替わり立ち替わり姿を見せては間断なく攻撃を仕掛け、そして素早くその姿を隠す。
 ステルスバイパー、ガイサックといった共和国自慢の奇襲戦用ゾイドたちである。
 サシの勝負では負けることのないはずのセイバータイガーであるが、ゲリラ戦を挑まれては多勢に無勢。結果として、一方的な攻撃に晒されることになってしまった。
 無論、弾丸をも回避可能な高機動性と対ビームコーティングのおかげで致命傷は避けることができていたが、それも時間の問題であった。
「もう、みんなは安全圏に離脱できただろうか?」
 輸送部隊の護衛任務に就いていたハインケルは、ふと戦友たちのことを思いだし、口に出して呟いてみた。
 一人きりのコックピットでは答えてくれるものもいない。
 大丈夫だと自分に言い聞かせながら辺りを見回して、ハインケルはふと奇妙な感覚にとらわれた。
 周囲がやけに静かなのである。
 先程までの厳しい攻撃は影を潜め、周囲にはただ深い森だけが在った。
「……どういうことだ」
 まだ、帝国軍の勢力圏にはほど遠い。
 突然の静寂に、ハインケルは胸騒ぎを覚えた。
 間もなく、その不安は的中した。
 森の奥から猛烈な砲撃がセイバータイガーD+を襲ったのである。
 咄嗟に操縦桿を倒し、弾丸を避けたハインケルは、その攻撃がさっきとは異なるものであることを直感していた。
 それは、秩序の無さとでもいうべきものであった。めったやたらと撃ち込まれる攻撃は正確さを欠いていて、戦闘におけるそれとはまるで違っていた。
 少なくとも、さっきまでの共和国軍機は忌々しいまでの緻密さとリズムを保っていた。
「くそッ。野良ゾイドかよ!?」
 戦闘によってダメージを負ったゾイドは、回収、修理を経て、再び戦線に立つ。
 しかし、パイロットの死亡やその他の様々な要因によって、傷を負ったまま戦場に放置されるゾイドも少なくないのが現実である。
 そうして乗り捨てられた戦闘ゾイドは大抵の場合、自己治癒によって回復し、凶暴な性格を持った野良ゾイドとして野を彷徨う。ミューズ森林地帯のような場所は、そんな野良ゾイドの恰好の住処でもあった。
「ガイサックに、スネークスに、バリゲーター、アロザウラー……。ヘルキャットに、ゲーター。マルダーに、ライジャーだって!? くそ、なんでこんなところにいやがるンだ!!」
 ハインケルがそう罵ったのも無理はない。
 セイバーD+を取り囲んでいるのは、旧大戦の生き残りと思しき共和国と帝国の中型・小型ゾイドの一群だった。
 本来ならば、ここエウロペ大陸にはいるはずのないゾイドばかりである。
 もう小一時間に渡って戦闘を続けてきたハインケルの疲労はかなりのものだった。はっきり言って、もう限界である。
 これから、また相当な数の野良ゾイドを相手に戦わねばならないなど、考えただけでもゾッとしない。
 気分が萎えそうになるハインケルだったが、胸ポケットの中の硬い感触に表情が変わった。
 慌ててポケットに指を入れ、一枚のプラスティックカードをつまみ出す。
「これを使ってみるか……」
 そう呟きながら、ハインケルは帝国陸軍技術工廠で技官と交わした言葉を思い出していた。


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