STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

5-05:警報


> SYSAD
 模擬戦闘を終え、それぞれの搭載艦を収容したパドック艦――エスタナトレーヒとスジャータは、星系の第二惑星・イシュタルII へ向かっていた。
 イシュタルII には、ロバート・L・フォワード総合火力演習場の管理本部がある。そこに併設された保養施設を借りて、互いのスタッフ同士――勿論、プレイヤーも含めて――の懇親会を開く予定になっていたのだ。
「……懇親会ねぇ」
 ブリッジの片隅でホロペーパーを眺めていた洋子は、半ば呆れ気味に呟いた。
「あら、洋子さんは気乗りしないんですか?」
 そう綾乃に訊ねられて、洋子は苦笑した。
「別に、イヤってわけじゃないけどね。ただ、人間のやることって、千年経ってもあまり代わり映えしないもんだなぁ、と思って」
「そりゃそうさ」
 そう言ったのは、ローソンだった。
「技術がどれだけ進んでも、人間の本質はそれほど急激に変化するものじゃあないからね」
「……」
 胡乱げな眼差しを向ける洋子に気付く様子もなく、ローソンはドリンクベンダーを操作していたが、やがて洋子の方に向き直り、言った。
「……僕の顔に何か付いてるかい?」
「別に……」
 拗ねたように洋子は口を尖らせると、ぷいとそっぽを向いた。
「綾乃くん。僕は何か変なことを言ったかな?」
「さぁ、どうでしょうか」
 と、綾乃は微苦笑を浮かべながら応える。
「あのね――」
 何か言おうと口を開きかけた洋子を遮るように、エスタナトレーヒ艦内に警報音が鳴り響いた。
「……何事!?」


> YOHKO
 突然鳴り響いた警報音に、ブリッジは騒然となっていた。
「状況を報告しなさい!」
 リオン提督の命令でブリッジ要員たちは落ち着きを取り戻し、自分たちの目の前にあるコンソールへと向き直る。
「提督! ケルベロスシステムからの警報です。星系内に局所的な重力場の揺らぎを検知したようです」
「重力場の揺らぎ……?」
「そりゃ、興味深いな」
 と、ローソンが呟きつつ、顎を撫でる。
 こいつが何か言うと、途端に事態の重大性がうやむやになるのが困りものだ。悪気は無いんだろうけど。
 こめかみを押さえるリオン提督の代わりに、クライフが口を挟む。
「何が、どう興味深いんだ?」
「それはまだ判らない。だけど、通常なら観測されるはずのない重力場の揺らぎが、恒星系内で観測された。これを興味深いと言わずして、何を興味深いと言うんだい」
 それを聞いたクライフは、何か言いたげに口を開きかけたけど、声にはならなかった。
 通信員から新たな報告があったからだ。
「イシュタルII から入電です」
「何と言ってきたの?」と、リオン提督。
「警報解除まで、現在位置で待機せよ――とのことです。あとは、追って指示する、と」
 通信員の報告に、リオン提督は微かに眉をひそめた。
「それだけ?」
「はい。これだけです」
「……スジャータに連絡。ハーディング提督を呼び出して頂戴」
「了解っ」
 リオン提督の指示で通信員がコンソールを慌ただしく操作する。
「スジャータと通信回線を接続しました」
「メインスクリーンに映像を回して」
 リオン提督がそう告げるや否や、メインスクリーンに金髪碧眼の美女が大写しになった。これが、どうやら『ハーディング提督』らしい。
「久しぶりね、サラ」
 と、リオン提督は切り出す。
「久々の再会を楽しみにしてたけど、なかなかすんなり行かないものね。ゼナ」
 対するハーディング提督は苦笑を浮かべながら、リオン提督の呼びかけに応じた。
 お互いにファーストネームで呼び合うところを見ると、結構親しい間柄のようだ。本来あるべき幾つもの社交辞令をすっ飛ばして、本題に入るつもりらしい。
「イシュタルIIからの指示について、どう思う?」
 リオン提督の単刀直入な問い掛けに、スクリーンの向こうのハーディング提督は小さく肩をすくめてみせた。
「何とも解釈のしようが無いわね。観測された重力場の揺らぎは、大質量の物体がサーフアウトする際の前兆現象に似ていなくも無いけれど――」
 そのとき、ハーディング提督の言葉を遮って、管制官の一人が声を張り上げた。
「第四惑星の衛星軌道上に、未確認物体のサーフアウト……と思しき現象を確認。無人護衛艦隊が確認のために現場へ急行中とのことです」
「未確認物体……」
 そう呟きながら、リオン提督が眉をひそめる。
「ローソン、こちらから捕捉できる?」
「無理ですね」と、ローソンは首を振った。
「この位置からでは、艦載センサーの有効半径外です。ケルベロスシステムからの情報に頼るしかありませんが、我々はゲスト権限しか与えられていませんからね」
「結局、向こうの指示を待つしかない、ということですか」
 眉ひとつ動かさずにクライフが呟く。相変わらず、何を考えているのかよく判らない人だ。
「取り敢えず、私たちにできることは無さそうね」
 ハーディング提督がそう言うと、リオン提督も頷いた。
「そのようね。何かあれば、追って連絡するわ」
「OK。それじゃ、また」
 スジャータとの通信が切れると、リオン提督は小さく溜息をついてシートに身体を預けた。
 眉根の下を揉みほぐすリオン提督に、あたしは気になっていたことを尋ねてみた。
「提督、ちょっといいですか?」
「何かしら、洋子さん?」
「あの……、ケルベロスシステムって何なんですか?」
「あぁ。そう言えば、洋子さんたちには説明したこと無かったわね」
「ま、説明しようにも、その機会がありませんでしたからね」と、ローソンが横から口を挟んでくる。
 別に、ローソンに訊いたわけではないんだけど。……ま、いいか。
「ケルベロスシステムというのは、恒星系内全域を監視する統合警備警戒システムのニックネームなんだよ」
「ケルベロスって、確か、冥界の番犬のことよね?」
「その通り。それにちなんで、名付けられたんだ。恒星系の各所に配置された多数の監視衛星によって、恒星系内を移動する物体をリアルタイムで捕捉、追尾、観測し、異常があれば無人戦艦群によって自動対処するという仕組みになっている」
「群…というからには、一隻ではないんだ?」
「基本は、三隻で一群を構成することになっている。もっとも、まだ開発途中のシステムで、この演習場で運用実証試験を行っている段階なんだけどね」
「へぇ」
 それは意外。もうかなり完成されているシステムなのかと思ってたわ。
「配備するのに、相当な手間とコストがかかる代物だからね。しかも、一旦導入してしまえば、その恒星系における人的活動に及ぼす影響は小さくない。新しいことを始めるにあたっては、慎重でなければならないというわけなんだな」
 仰ることはもっともだけど、ローソンが言うとイマイチ説得力に欠けるのは気のせいだろうか? ふと首を巡らせてみれば、リオン提督が苦笑を浮かべて、クライフが無表情で、それぞれローソンを見つめている。なるほど、知らぬは本人ばかりなり、ということか。
「なるほどね」
 あたしは適当に相槌を打つと、椅子から腰を浮かせようとした。喉の渇きを潤したかったのだ。
 ところが、それは突然鳴り響いた電子音に遮られることになってしまった。
「はい。こちら、エスタナトレーヒ」
 リオン提督がシート脇のコンソールを素早く操作して、その無機質な呼びかけに応える。幾つか言葉を交わしたかと思うと、たちまちリオン提督の顔に緊張が広がっていく。通話を終える頃には、全身に緊張感がみなぎっているように見えた。
「何事ですか?」
 と、ローソンが訊ねた。指向性スピーカーを介したやり取りなので、すぐ傍にいても会話の内容を聞き取ることはできなかったのだ。
 リオン提督はローソンに視線を向けると、静かに口を開いた。
「先行していた無人戦艦群が消息を絶ったそうよ」
 その簡潔明瞭な科白は、ブリッジの隅々にまで重々しく響き渡った。

(to be continued...)


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