第4話 狂風
「ホムンクルス、って……。それ、本当なの?」
おずおずと問い掛ける凛に対し、イリヤスフィールは小さく肩をすくめてみせた。
「そんなにビックリするようなことでもないでしょう?」
気分を害したのか、それとも呆れているのか。曖昧な笑みを浮かべた表情からは、その真意を読み取ることが難しかった。
「だって、仕方ないじゃない」と、凛は弱々しく反論する。
「まさかホムンクルスだなんて、思いもよらなかったんだから」
「なら、早々に認識を改めることね」
と、ヒルダが冷ややかに言う。
「アインツベルンは、ホムンクルスを生み出す技にも長けている。わたしも、イリヤスフィールも、そうして生み出されたモノなのだから。あなたも魔術師の端くれなら、その程度でみっともなく驚かないように心掛けるべきね」
「えぇ、そうさせていただくわ」
凛は負けじと言い返し、ヒルダと視線を合わせた。
「ところで、何か言いたいことがあるんじゃないの? こうして、わざわざ待っていたということは」
「愚問ね、トオサカ。用がなければ、こんなところで無為な時間を過ごしたりしないわ」
「何ですって!?」
凜とヒルダは相性が良くないのか、口を開くとすぐに喧嘩腰になってしまう。
「まぁ、いいわ」先に矛を収めたのは、ヒルダの方だった。
「トオサカ……。あなたの家では、聖杯戦争とはどういうものだと伝えられているの?」
「は……?」
「だからっ、聖杯戦争について、どこまで理解しているのかと訊いているのよ!」
「どこまで、って……」
ヒルダの真剣な眼差しに、凛は思わず口籠もった。
「えっと……。聖杯に選ばれた七人の魔術師が、それぞれサーヴァントを召喚し、聖杯を巡って殺し合う。そして、最後に残った一組が聖杯を手に入れることができる。聖杯は願望器としての機能を備えているから、大抵の願い事は叶うって話――よね」
「……本当に、それだけ?」
「そう、だと思うけど」
「……なら、ひとつ忠告しておいてあげる。本当に、聖杯戦争がそれだけのものだと思っているなら、とんだ大間違いもいいところよ。自分の足下を掬われないように、せいぜい気をつけることね」
苛立たしげに言い放つと、ヒルダは凜とイリヤスフィールに背を向けた。
「……さて、お話はおしまい。せっかくの夜ですもの。ここからは、マスター同士で殺し合いましょう」
そう囁くヒルダは、とても愉しそうだった。
◇
イリヤスフィールと凛が、礼拝堂から出てきた。
「姉さん!」
「マスター!」
「凛……」
士郎が、セイバーが、アーチャーが、それぞれに声を掛ける。
と、二人の背後から一人の少女が現れ、そして士郎たちの前をすたすたと通り過ぎていった。
夜更けの教会というロケーションには似付かわしくない幼い少女の可憐な容姿に、士郎とセイバーが首を傾げ、アーチャーが微かに顔を引きつらせる。
十分な距離を開けてから少女――ヒルダは立ち止まり、そして振り返った。その背後には、巨大なサーヴァントが立っていた。
傍らに佇む少女が小柄だから大きく見える、というわけではない。
そのサーヴァントの背丈はゆうに二メートルを越えており、三メートルの大台に届きそうな勢いだった。単に背が高いだけではない。骨太な全身を分厚い筋肉が覆っており、その立ち姿はまるで小さな山のようだった。鋼のように鍛え上げられた肉体から放たれる威圧感は凄まじく、周囲に濃密な死の気配を撒き散らしていた。
「な、何者なんだ。ありゃ……」
呆然と呟く士郎に応えてくれる者など、一人しかいなかった。
ヒルダを除く全員が、彼女のサーヴァントに圧倒されていたのだから。
「このサーヴァントは、バーサーカーよ」
と、ヒルダはまるで歌うように答えた。
「これが、バーサーカー……」
「そうよ、お兄ちゃん。バーサーカーはね、とっても強いんだから」
「……えっと、君は?」
目の前の少女に『お兄ちゃん』と呼ばれる心当たりが無くて、士郎は思わず聞き返していた。
「んもう、失礼ね。レディに名前を訊くときは、まず自分から名乗るものよ」
ヒルダは腰に手を当て、頬をふくらませた。その口調が、まるで聞き分けのない弟に言い聞かせる姉のようだったからなのか、士郎は殆ど反射的に謝ってしまっていた。
「申し訳ない……。俺の名前は、衛宮士郎だ」
「エミヤ・シロウ? 変わった名前ね」
「そうかな?」
「少なくともドイツ人にとってはね。……わたしは、ヒルデガルト・フォン・アインツベルン。フルネームだと長いから、ヒルダ、と呼んでくれて構わないわ」
そう自己紹介してから、ヒルダはぞくりとするほど酷薄な笑みを浮かべた。
「もっとも、これから始まる戦いが終わっても生き残れていたら、だけどね。お兄ちゃんはマスターじゃないから、殺すつもりはないけれど、バーサーカーって力を加減するのが下手だから。ちゃんと気をつけてないと、死んじゃうよ♪」
瞬間、周囲の気温が下がったような錯覚に陥る。
士郎は顎を引き、ヒルダとバーサーカーを交互に見つめながら、そっと身を退いた。これから始まる戦いに自分の居場所が無いことは理解しているつもりだったから、士郎は引き下がることを躊躇ったりはしなかった。
そして、士郎と入れ替わるように甲冑を身に纏ったセイバーが無言で歩み出る。士郎とは逆に、自分の居場所は戦いの中にこそあると言わんばかりの態度だった。
「気をつけなさい、セイバー。この敵は油断ならないわ」
「……わかりました、マスター」
イリヤスフィールの忠告に神妙な貌で頷くと、セイバーは不可視の剣――風王結界を構えた。剣の周囲に幾重にも風をまとわりつかせ、光の屈折率を変化させることで剣の正体を覆い隠す風王結界は、剣の周囲を渦巻く風によって斬撃の威力を増大させたり、相手の武器の軌道を逸らせるという効果をも発揮する。まさに攻防一体の武器なのだ。
もっとも、それがバーサーカー相手にどこまで通用するかは未知数だったが。
「ふふ……。あなたが、セイバーね?」
ヒルダは全てを見透かしたような笑みで、セイバーを見澄ました。
「確かに、あなたは素晴らしいわ。これなら、アインツベルンが欲しがったのも頷ける」
「……何が言いたい?」
剣呑な表情を浮かべるセイバーの視線を柳に風と受け流し、ヒルダは微笑んだ。
「要するに、どんなに優れた英雄であろうと、所詮は人の子に過ぎないということよ。そして、人の子には決して届かぬ高みというものが、この世界には存在する」
そして、ヒルダは自らのサーヴァントに命令を下した。
「やってしまいなさい、バーサーカー!!」
「■■■■■■■■■■■■――!!!」
その巨体からは想像もできない猛スピードで、バーサーカーが突進する。
暴風の如き一撃を、セイバーは咄嗟に受け止めた。
だが、完全には勢いを減殺しきることができずに、吹き飛ばされてしまう。
「くっ……」
「まずは、小生意気なセイバーから、血祭りにしてしまいなさい!」
ヒルダの命令に呼応して、バーサーカーの巨躯が跳ねる。
「■■■■■■■■■■■■――!!!」
その爆発的な瞬発力は、もはや常軌を逸していた。
体勢を崩したままだったセイバーは慌てて立ち上がろうとするが、その反応を上回る速度でバーサーカーは動いていた。
このままでは間に合わない。
誰もがそう思ったタイミングで叩きつけられた斬撃を防いだのは、アーチャーだった。いつの間にか取り出した白と黒の双剣を交差させ、バーサーカーの斧剣を受け止めたのだ。
「ぐぅ……」
予想以上の剣圧に、アーチャーの横顔がゆがみ、苦悶の声が漏れる。
「アーチャー!?」
「……何をボサッとしている、セイバー!」
アーチャーの叱咤に背中を押されるようにして、セイバーが立ち上がる。
と同時に、アーチャーは剣を弾いて、バーサーカーとの距離を大きく開けた。
「かたじけない、アーチャー」
「礼など無用だ。自分のためでもあるんだからな。……それに、あんな化け物相手にサシでやり合うなど、あまりにも無茶が過ぎるというものだ」
「……確かに」
アーチャーの言葉に素直に頷くと、セイバーは風王結界を構え直す。
「援護をお願いできますか、アーチャー?」
「元よりそのつもりだ、セイバー」
その短いやりとりが戦闘再開の合図だった。
「■■■■■■■■■■■■――!!!」
雄叫びと共に、再度バーサーカーが迫ってくる。
「…………」
だが、セイバーの表情には一片の焦りも無い。バーサーカーの予想進路から素早く退避しつつ、流れるような動きで反撃へと転じる。巧みにステップを踏んでタイミングを合わせ、猪突猛進してくるバーサーカーに対して擦れ違い様に一太刀浴びせると、刃を返して背後から更に一撃を加えた。その一連の動作に無駄はなく、見事と言うほか無い。
しかし、バーサーカーの動きにさしたる変化はなく、ダメージを負っている素振りなど微塵も見せなかった。
それどころか、素早く方向転換して、豪雨のような斬撃を浴びせ掛けてくる。斧剣の質量とバーサーカーの筋力とが合わさったそれは、一撃一撃が途轍もない破壊力を持っていた。
休みなく繰り出される嵐のような猛攻を紙一重で躱わし、時には風王結界で受け流しつつ、セイバーはバーサーカーに生じるであろう僅かな隙を探す。
しかし、バーサーカーの動きには隙が無かった。
いや、正確に言うなら、隙はあるのだ。理性を失ったバーサーカーの攻撃は、狙いも大雑把で、身のこなしも大味なものでしかなかったから、ガードが甘くなる瞬間というのが確かに生じる。にもかかわらず、それを補って余りあるパワーが常識外れの速度を生み出して、生じた筈の隙を即座に埋め、最初から無かったことにしてしまうのだ。
「……手強い敵です」
セイバーは、素直に敵対するサーヴァントの実力を受け容れた。
否、受け容れざるを得なかった。
それほどまでに、バーサーカーは圧倒的だった。
しかし、セイバーは決して勝利を諦めたわけではなかった。
「はあああぁぁああッ!!」
バーサーカーが振り下ろした斧剣を、下段から振り上げた渾身の一太刀で弾き返す。そして、がら空きになった脇腹へ一撃を加えつつ、バーサーカーの背後へ回り込む。
剣の英霊の名は、伊達ではない。イリヤスフィールというマスターを得たセイバーは、その能力を十全に発揮して、並外れた力を持つバーサーカーと五分に渡り合っていた。
しかし、セイバーとバーサーカーの戦闘を見つめるイリヤスフィールの表情は浮かなかった。
「マズいわね……」と、イリヤスフィールが呻いた。
「攻撃が殆ど弾かれている……」
そうなのだ。
先刻からセイバーが激しく斬りつけているにもかかわらず、バーサーカーの肌には傷一つ付いていなかった。対するセイバーが――全ての攻撃を回避しているのに――そこかしこに掠り傷を負っていることを思えば、バーサーカーの防御力の高さは異常だった。状況から判断して、攻撃に耐えるのではなく、弾いて無効化してしまっているとしか考えられなかった。
イリヤスフィールが思案を巡らせていると、不意に士郎が口を開いた。
「バーサーカーには通常攻撃が全く通用しないのかもしれないぞ、姉さん」
「え……?」
「どういう絡繰りになっているのか判らないけど、宝具か、それに匹敵するレベルの攻撃でなくちゃ、バーサーカーに傷を負わせることは難しそうな気がするんだ」
士郎が腕組みしながら呟くと、ヒルダが嬉しそうに笑った。
「へぇ。お兄ちゃんてば、良い目をしているのね。何だか興味が湧いてきちゃった♪」
「はい?」
聞き返した士郎に、ヒルダが笑顔で爆弾を放り投げる。
「お兄ちゃんのこと、欲しくなっちゃったかも♪」
「ええええぇえっ??」
狼狽する士郎の耳をイリヤスフィールが引っ張る。
「士郎っ、あんな幼女の妄言に誑かされちゃダメよ!」
「いててっ」
「随分と酷い言い草ねぇ。確かに、こんな形をしてはいるけど、精神は立派に大人よ? お兄ちゃんのことだって、きちんと満足させてあげられるわ」
「体は子供、頭脳は大人――って、どこの少年探偵よっ!?」
横合いから凛が逆ギレ気味にツッコミを入れ、それに対して士郎が「遠坂って、アニメ見たりするんだな」などと、妙に冷静なコメントを返したりして、戦場の外縁は妙に騒がしさを増していた。
ところで、セイバーに援護を約束したアーチャーはどうしていたのだろうか。
その答えは、イリヤスフィールや凛たちの頭上にあった。
セイバーがバーサーカーの攻撃を一手に引き受けている間に、アーチャーは礼拝堂の屋根に上がっていたのである。
漆黒の長弓を構えて攻撃の機会を窺うアーチャーは、息を殺して眼下で繰り広げられる戦闘の行方を眺めていた。
時が経つにつれ、セイバーとバーサーカーの打ち合いは、その激しさを増してゆく。ヒルダも、イリヤスフィールも、凛も、その壮絶な戦いぶりに目を奪われ、アーチャーの行動には気付いていない。
だが、アーチャーがこれからやろうとしていることを考えると、それは実に好都合だった。
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
魔術回路を起動させ、全身に魔力を漲らせてゆく。
「行くぞ……」
誰に言うともなく呟いて、アーチャーは呪文を唱えた。
「――Trace on...」
弓兵のサーヴァントたる彼の切り札は、単なる弓矢ではない。宝具かそれに準じるクラスの剣を投影し、それを矢として撃ち出すのである。単なる弓矢よりも破壊力に優れるだけではなく、それぞれの武器が持つ特殊属性を活かした攻撃が可能になるという点で、極めて大きなメリットがあった。
「――I am the bone of my sword...」
アーチャーは捻れた刀身を持つ奇妙な剣を投影し、矢として番えた。
「下がれ、セイバー!」
たった一人で前線を形成しているセイバーに呼び掛けつつ、アーチャーは矢として射出すべき剣に魔力をチャージしてゆく。
アーチャーの呼び掛けに応えて、セイバーがバーサーカーから距離を置こうとする。その様子を視界の隅で確かめつつ、アーチャーは矢を放った。
「――偽・螺旋剣!――」
轟然と唸りを上げ、高速で虚空を突進する剣。それを察知したバーサーカーが、打ち落とさんとばかりに斧剣を振るう。
が、一拍だけ遅かった。
斬撃をかいくぐって、剣がバーサーカーの巨躯に深々と突き刺さる。
次の瞬間、アーチャーは素早く呪文を詠唱し――
「――Broken Phantasm...」
耳をつんざくような轟音と共に剣が炸裂した。
瞬間、視界が白く染まった。
「……何ですって!?」
驚きに震えるヒルダの声が聞こえる。
ふと見れば、バーサーカーの動きが止まっているようだった。
「やったの……?」
そう呟いた凛は、爆風によって巻き上げられた粉塵の向こう側で影が揺らぐのを見た。
「■■■■■■■■■■■■――!!!」
再びバーサーカーが咆吼する。
「そんな……」
凛は愕然とした。
今のアーチャーの一撃は、相当に強力だった。打ち倒すことが無理だとしても、もっとダメージを与えることができていてもおかしくはない。それほどの威力はあった筈だ。
――なのに、どうして?
訝しむ凛の疑問に応えるかのように、ヒルダが笑う。
「ふぅん。バーサーカーを一回殺すだなんて、あなたのアーチャーもなかなかやるじゃない」
「一回、殺す……?」
言葉の意味が理解できずに、凛は眉をひそめた。
「ふふ……。特別に教えてあげる。バーサーカーの宝具は『十二の試練』。つまり、十二回殺さなければ、バーサーカーを倒すことはできないというわけ」
朗々と告げるヒルダに、凛は唖然とした。
サーヴァントの宝具を自分から明かすなど、非常識極まりない。宝具がわかれば、サーヴァントの真名も推測できる。言い換えれば、サーヴァントの弱点を教えるに等しい行為なのだ。
そう、それが普通のサーヴァントであるのなら……。
「十二の試練、ですって……? それじゃ、バーサーカーの正体は、まさか――」
「ヘラクレス! ギリシア神話最高の英雄よ!」
ヒルダは勝ち誇ったように告げた。
と同時に、凛は打ちのめされたような衝撃を味わっていた。
サーヴァントの真名がわかれば、弱点もわかる。そう考えていたのに、ヘラクレスの名前を聞いた途端、頭が真っ白になってしまった。
ヘラクレスの弱点など見当もつかなかった。
思いつくものといえば、せいぜいヒュドラの毒くらいだが、そんなものを現代で手に入れられる筈がない。
歯噛みする凛の背後から、イリヤスフィールが口を挟む。
「でも、『十二の試練』の効果は、それだけなの?」
「いい勘をしているわね、イリヤスフィール。――その通りよ。ただ命のストックを複数持っているというだけじゃない。一度バーサーカーを死に至らしめた攻撃は、二度と通用しなくなるの。だから、バーサーカーを倒したければ、十二種類の異なる方法で殺す必要があるというわけ」
「そんなの、インチキじゃないッ!!」
思わず、凛は叫んでいた。力の限り絶叫していた。
肩で息をしながら、人を殺してしまいそうな目でヒルダを睨み付けていた。
「はしたないわよ、トオサカ」
ヒルダに窘められて、凛は口を噤む。
「確かに、ヘラクレスは最高の英霊であり、反則的な強さを誇る。けれど、その力を得るために、わたしも少なからぬ代償を支払ったわ。軽々しく『インチキ』呼ばわりして欲しくないわね……」
聖杯の支援があるとはいえ、サーヴァントとして喚び出す英霊が強力であればあるほど、それを使役するマスターに掛かる負担も大きなものになる。ヘラクレスという強力無比な半神の英雄を喚び出し、しかも理性無き狂戦士として自らの制御下に置くことが、一体全体どれだけの負荷をヒルダに強いるのか――。もはや述べるまでもないだろう。
そのことに気付いて、凛は何も言えなくなった。
地面に縫い付けられたように立ち尽くす凛の肩を掴んで、アーチャーが耳打ちする。
「何をしている、凛。呆けていてよい状況ではないぞ」
「……わかってるわよ」
どこか投げ遣りな口調で応じて、凛は拳を握りしめた。自分の与り知らぬところで、何かが動いている。それをヒルダとの短い会話を通じて嗅ぎ取ってしまったからだ。
そんな凛とアーチャーを眺めていたヒルダは、不意にスカートの裾を翻した。
「退きなさい、バーサーカー」
マスターの命令を即座に聞き入れ、バーサーカーはセイバーに叩きつけようとしていた斧剣を収めた。
「どういうつもりだ、バーサーカーのマスター?」
突然の出来事に、セイバーは面食らっていた。
「今日はここまでにしておいてあげる――ということよ」
それだけ言うと、ヒルダは踵を返す。
「敵に情けを掛けるのか!?」
そう言い募るセイバーに、ヒルダは首を振った。
「まさか。ちょっと考える時間が欲しいだけよ。……次に会ったときは、絶対に殺すから。そのつもりで」
捨て台詞としてはあまりに物騒すぎる言葉を残し、ヒルダは立ち去っていった。
霊体化したのだろう。バーサーカーの巨体も霧のように消え去って、後には呆然と佇むイリヤスフィールと士郎、凛、セイバー、アーチャーだけが残された。
「……とんでもないことになったわね」
凛が喘ぐように呟くと、イリヤスフィールと士郎も頷いた。
今はそれだけで精一杯だった。
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