「ったく、朝の早くから呼び出したからには、それなりの理由があるんでしょうね?」
あたしの虫の居所が悪かったのは、何も夜明け前に叩き起こされたからばかりじゃない。
前日までレース用ゾイドのテスト走行が続いていて、睡眠時間を削って何日もコースを走りまくっていたんだ。
せめて、もう2、3時間は寝かせてくれる心遣いがあって然るべきだと思う。
そう、真っ当なチーム監督ならね。
「まぁ、そう言うな。リョウコもきっと気に入るぞ」
だけど、もう頭のすっかり白くなってしまったチーム監督のロナルドといったら、あたしの不満げな顔なんか目に入ってないって感じで、やたらと上機嫌だ。
もういい歳だってのに……。
あたしは、老人にモーニングコールされることになろうとは思ってなかったわ。
あ〜あ、眠いったらありゃしない。
で、そんな朝早くから何をしているのかと言えば、何でも「見せたいものがある」とかで、普段は使っていない格納庫に向かっているわけだ。
風洞実験棟やらファクトリーやらを抜けるとちょっと開けた空間があって、そこに場違いなくらい大きな格納庫が建っている。
いかにも重たげな金属製の扉に大きく『03』と書いてある以外、これといって特徴のないごく平凡な建物だ。
その古ぼけた格納庫の扉の前に、あたしはロナルドと一緒に立っていた。
「まぁ、見てろ。早起きした甲斐があったとわかるはずだ」
そう言うと、ロナルドは扉の横に付けられた認証システムにIDカードを通し、テンキーを叩いた。
ピッ
軽快な電子音が鳴ると、扉がギシギシと軋んだような音を立てて、ずり上がっていく。
「へぇ、この扉、ちゃんと動くんだ」
あたしがちょっとイヤミっぽく言っても、ロナルドは気にする様子もない。
開いていく扉――正確に言えば、その向こう側にある何かなんだろうけど――を、まるで少年みたいなキラキラした眼差しで見つめている。
やれやれ。
あたしは肩をすくめて、扉が開くのを待つことにした。
あんな目をしているんだ。よほど大層なものを見せてくれるんだろう。
そう思って、あたしは冷えた手をジャケットのポケットに突っ込んだ。
ガコン
鈍い音がして扉が全開した。
が、中は真っ暗で何も見えない。
当たり前だ。
まだ太陽は地平線の下だし、格納庫の中は照明が点いていないんだから。
「待ってろ。すぐにライトをつける」
そう言って、ロナルドは格納庫の中に駆け込んでいった。
え〜い、忙しないじいさんだ。
少しは落ち着け!
置いてけぼりにされたあたしは、ぼ〜っとしているのもつまらないと思い、ロナルドを追って足を踏み出した。
と、そのとき、格納庫内の照明が一斉に点った。
煌々としたスポットライトに照らし出されたものは、赤と白のツートンカラーに塗り分けられた一体のゾイドだった。
「……ガンスナイパー!?」
あたしは驚きのあまり、そう呟いていた。
目の前のゾイドは見たことのないタイプだったんだけど、強いて言うなら、現役バリバリの軍用小型ゾイド『ガンスナイパー』にそっくりだった。だけど、よく見れば細部はガンスナイパーとはかなり違っている。
あたしは職業柄、ゾイドのことには詳しいつもりだったけど、そのあたしの知識でも、せいぜい『ガンスナイパーに似ているゾイド』という答えを導き出すのがやっとだった。
「どういうことなの、ロナルド? なんで、このゾイド、ウチのチームカラーに塗られてるの? どうしてここにあるの? どうして……」
あたしがそうまくし立てるのを制して、ロナルドはゆっくりと口を開いた。
「どうだい。驚いただろう? これは、昨晩、共和国軍より我がチームに貸与された試作ゾイド『シルフィード』だ! ガンスナイパーに似ているが、中身は全くの別物だぞ!」
「で、朝っぱらから呼び出して、あたしにこのゾイドを見せて終わりなの?」
あたしは、あえて醒めた口調でそう言ってみた。
「まさか。……リョウコ。どうして軍のゾイドがここにあるか、わかるか?」
「……知るわけないでしょ?」
「まぁ、それもそうだな」
ロナルドはあっさりと納得すると、傍らに佇む『シルフィード』とかいうゾイドを見上げた。
「実を言うと、このゾイド、性能は抜群らしいんだが、乗り手を選ぶらしくてな。軍には適当なパイロットがいなかったらしいんだ。でも、それじゃ、いわゆる宝の持ち腐れってヤツで、どうしようもないから、いっそ民間のレースチームに貸し出して、そこでテストしてもらおう。まぁ、早い話がそういう経緯で、ウチに来た」
「それはわかったけどさ。どうして、ウチなの? レースチームなんて、それこそ沢山あるじゃない。それに、軍のパイロットが乗りこなせないような代物を民間のレーサーが扱えるの?」
あたしがそう言うと、ロナルドは意味ありげにニヤリと笑った。
「それはだな。リョウコ。お前さんがいるからだ」
何それ?
「実は、この『シルフィード』というゾイド、なかなか自我が強くて、並の人間じゃ相手にもされんかったらしい。軍でもかなり往生したそうだ」
……だろうなぁ。
人の言うことを全然聞かないゾイドなんて、何の役にも立たないもんね。
「……で、軍でコイツを貸し出すにあたって、民間レースチームの調査を行ったんだそうだ。主にパイロットの適性について調べたそうだが、それこそ数多いるパイロットの中で軍が注目したのが、リョウコ、お前さんなのさ。いかなる障害をも切り開き、必ず走破する――そのアグレッシブな姿勢ゆえに『紅の疾風』の異名を取る。そんなお前さんなら、『シルフィード』を乗りこなせるかもしれないと、軍の技官は言っておった」
ふぅん。そう言われて、悪い気はしないわね。
「面白いじゃない」
あたしは、目の前に佇む『シルフィード』をゆっくりと見上げた。
真面目そうな顔してるけど、その内側から抑えきれない何か強い力がにじみ出ているのが、あたしには感じ取れた。
でも、それはどこか達観したかのような清々しさみたいなものも伴っていた。
単純に強いだけの荒っぽさじゃなく、武道の達人のように内に秘めた静かな力。
そう言えばいいんだろうか?
ともかく、あたしはコイツとうまくやっていけそうな気がした。
それは、これまでにも何度も感じたことのある、相性の合うゾイドと対面したときの感覚と同じだった。
「あたし、君とならうまくやっていけると思う。君はどう?」
そう訊いてみた。
オオオオオオオオオオオオオオォォ……
『シルフィード』は低く吼えた。
あたしはそれを同意の意思表示だと受け止めることにした。
そして、程なくして、あたしは自分が間違っていなかったことを知った……。
※
あたしたちは今、『Zi−1レース』のスタートラインに立っていた。
それは、デルポイ大陸を縦断するルール無用の非公式レース。真に強い者だけがゴールラインを通過することを許される過酷でハイレベルなレースだ。
各地から集った強者たちでスタート地点は埋め尽くされている。
「しっかりやれよ!」
ロナルドがちょっと緊張気味の顔で、そう声を掛けてくる。
「監督、それは誰と誰に向かって言ってるの? あたしとシルフィードの前に敵はいないわ。もっとドンと構えててよね」
そう言ってやると、ロナルドはやっとこさ明るい表情になった。
見れば、メカニックたちもこちらに手を振っている。
あたしはそれに応えて手を振ると、キャノピーを閉じた。
「行こうか、シルフィード。あたしたちの力を皆に見せつけてやろう」
そう囁きかけると、シルフィードは嬉しそうに鳴いた。
「Zi-1レース」は、「Zi craft union」の主催にて開かれた改造ゾイドの競作イベント「第3回カスタムクラブ」のテーマです。