| 「な………!?」
 
 
 今日は寒波が来ているらしく、一段と冷え込み厳しい土曜日のこと。が、折角の休日なのだから、と、セイバーと一緒に新都に遊びに来ているわけである。
 風は冷たいが、空は蒼い。心地良いその色は――――――や、セイバーのイメージカラーなんだよな。
 
 
 別段、何をするというわけでもないが、より一層アドベント的雰囲気が強まっている今日この頃。ディスプレイを見ているだけでも楽しいものだ。加えて実は、セイバーの反応によってクリスマスプレゼントの品定めを行おう、という裏目的もあったりするわけだ。
 
 そんな目的も午前中には大体片もついた。お昼も済まし、腹ごなしにボーリングなど楽しんだ直後のこと。
 
 
 セイバーが突然、固まった。
 
 
 「おーい、セイバー?」
 セイバーは一点を凝視してその場を動かない。
 何事か、と思い目線を追ってみると―――――――
 
 
 
 
 
 
 『Saber in this town』Written by Kashijiro.
 Thanks for “Personal Reality”.
 
 
 
 
 
 「ああ、ちょっと早いけどおやつにしようか。」
 
 ―――――――果たしてそこには、ミスタードーナツがあった。
 
 
 普段の彼女になら魅力的な提案だろうし、それに乗ってくれると確信しての発言。だが、今のセイバーにはちょっと違う事情があったらしい。
 「え、ええ。それは大変ありがたいのですが、………。」
 
 セイバーは、まだその場を動こうとしない。はて、と思い、その目線の先を注意してみると――――
 
 “ポン・デ・ライオン・ミラージュクロックプレゼント!”
 
 ――――のポスターが、堂々と張ってあったのだった。
 
 
 「へー。ポイントカード制か。なら尚更だな。入ろう、セイバー。」
 「い、いえ!私は断じてそのような、この子獅子に興味をひかれたなどということは全く在りませんのでお構いなく!!!」
 
 いや………なんというか。
 セイバーは、ウソがつけないのである。意固地になって否定する様は、何と言うか、ひどく愛らしい。その証拠に、あほ毛がぴこぴこ反応していたりする。
 こんな時は、彼女が受け入れやすいように提案するのが一番だったり。この辺、ちょっと俺も成長したような気もするところ。
 
 「や、俺もひと運動してお腹減ったから、休憩していこうかなって思っただけ。どうかな。」
 「……………」
 
 セイバーは、まだ逡巡していた。我を忘れて見入ってしまったことを恥ずかしく思っているのだろうか?
 が、それもほんの少しのこと。
 「……………ええ、そのようなことなら、是非。私も少し、お腹が空きましたから。」
 
 見抜かれたと悟っているセイバーは、少し恥ずかしげに頬を染めながら、承諾の意を示してくれた。
 もっとも、喜色は隠しようが無いのがセイバーらしいところなんだけど。
 
 
 
 
 
 
 「あと、珈琲と紅茶を一つずつお願いします。」
 セイバーに席を取ってもらいつつ、そこそこのドーナツを買い込んで、席に向かう。レジのほど近くに席を取り、そわそわしていたセイバーの顔に、パッと喜色が広がっていく。
 
 「はい、お待たせ。紅茶でよかった?」
 「ええ。ありがとうございます。――――そ、その」
 「大丈夫。ポイントカードも貰ってきたからさ。」
 「―――――――!!!え、あ、それは、」
 「じゃ、頂こうかな。セイバー、どれがいい?」
 「……………ポンデリングをお願いします。」
 
 セイバーお気に入りのドーナツ、ポンデリング。当店のマスコットキャラ、ポンデライオンもまた、セイバー大のお気に入り。CMなどで彼(?)が出てくると、セイバーの顔がとても輝くのは俺だけの秘密である。
 
 「はむ。……………このもちもち感がたまらないのです。」
 「確かに。コレは他には無いよなー。」
 「ええ。ハニーディップもシンプルで好きですが、こちらは甘さ控えめの代わりにこの感触がある。誠、ドーナツひとつ取ってもこの国は奥が深い。」
 
 こくこくと頷きつつ、紅茶で一息入れるセイバー。こんな彼女を見られるから、デート中のティータイムは特に俺の中では特別な時間。
 
 
 ――――と。
 見慣れた三人の陸上娘が、丁度横を通りかかった。
 
 
 「おや、セイバーさんに衛宮。御両人、今日はよい時間を過ごされているようですね。」
 「おお、カネではありませんか。カエデにユキカも、お久しぶりです。今日は連れ立ってどうしたのです?」
 「いやなに、蒔の字が“あのドーナツを食べない限り明日の私は無い”などと怒鳴り散らすもので。ならついでに、とばかり、新都に遊びに来たのですよ。」
 「こんにちは、セイバーさん。今日は……その、デート、ですか?」
 「ふっふっふっ。何時見てもセイバーさんは完璧だ。それの添え物にもう少しコスモがあれば、惜しいものだ!」
 「コ、コスモ、ですか………?………ま、まあ、シロウに遊びに連れて来て頂いているのは事実ですね。少し運動しましたので、休憩を。」
 「なるほど。………ふむ、やはり、絵になる番いは良いものだ。
 あまり長くすると衛宮に恨まれますね。それでは、我々はこの辺りで。」
 
 それでは、と、一つ会釈して去っていく名家の娘。俺達とは少し離れたところに着座すると、賑やかに会話を始めた。
 「ふふ、相変わらずの三人ですね。」
 「確かに。奇跡的なバランスって意味ではあれ以上の組み合わせは無いな。」
 「ええ。………彼女たちとも、良い友人になれました。
 それでは、もう一つ………はむ。」
 セイバーは、とても嬉しそうに三人のことを話し、美味しそうに二つ目のポンデリングを頬張った。
 
 
 それを見ていて、ふと。
 何か、暖かい感情が、胸の中に起こる。
 
 
 (………はて?)
 突然の感覚。身に覚えが無い感情は、多少なりともこちらを困惑させる。
 さて、一体なんだというのだろう?
 
 「………黒糖もまた素晴らしい味わいですね。はむ………。」
 確かに、いつもセイバーの食事シーンには和まされている。今だってそう。美味しいものはなんだって、彼女は幸せそうに食べてくれる。
 が、今の感覚はそれだけではなさそうだ。どこか、こう―――――
 
 
 「あ、セイバーお姉さん。こんにちは。」
 
 
 物思いにふけりつつセイバーのお食事風景に心和ませているところ、急に横槍が入る。少し、あっち側の世界に行っていた思考が、急に現世に引き戻された感じ。
 
 「………んく。おや、奇遇ですね。貴方達もおやつの時間なのですか?」
 見れば、セイバーと時々川原で遊んでいる少年達が、ドーナツをお盆に載せてレジに並んでいた。見たところ、おやつをテイクアウトして、また遊びに行くのだろう。
 「おう。たまには奮発してドーナツでも、と思ったんだ。」
 「まあ、そこがちびっ子の辛いところですね。奮発してもドーナツくらいしか行かないんですが。」
 「ウチなんかドーナツなんざ天上の贅沢品だよ!ったく、だから反対したのに……。」
 「ふふ。しかし、遊んで体力をつけるには食べることも重要です。この後は皆でサッカーですか?」
 「今日はバスケットやってるんです。勿論この後も続行で。」
 「なるほど。子供は風の子、と言うくらいです。皆、元気に鍛錬するのですよ。」
 「もちろんです。ところで、今日はそちらのお兄さんと?」
 「ひゅー、デートかよ!!」
 「―――――――。」
 
 ちら、と、少年三人の目がこちらに集る。や、面と向かってデートと言われてしまうと照れるというか何というか……。若干、気恥ずかしくもある。
 その辺、初めての説明で遠坂に「デート=逢引」と説明されたセイバーも同じらしい。
 
 「な、いえ、デートというよりは、その、むしろですね、ドーナツが食べたくなったのでシロウに案内して頂いたと言いますか……」
 「それがデートじゃん。」
 「な、トリスタン、そ、そういうことではなくですね!」
 
 ぶっきらぼうに言い放つ少年に、更に赤面の度合いを深め、慌てるセイバー。
 少年達との掛け合いは、見ていてとても可愛らしく、そして、何より楽しそうだった。
 
 
 ―――――と。
 
 
 (あ、―――――)
 
 
 ―――――何かが、腑に落ちた気がした。
 
 
 (そっか。)
 
 さっき、三人と楽しそうに話していたセイバー。
 そして今、笑顔で語るセイバーと、賑やかな少年達。
 
 温かい気持ちは、そう。
 そんな光景から、生まれたものらしい。
 
 (………セイバーも、ここに馴染んできてるんだな。)
 
 
 思えば、三人との交流も、少年達と遊んでいる姿も、俺はいつも見ているわけじゃない。
 それでもセイバーは、自分で彼らと交わり、そして、交友関係を作っている。
 親離れをした子を見た気分、とでも言うのだろうか。ちょっと寂しい気もする。だけど、セイバーがこの土地で生きている、何よりの証拠がそこにある。
 
 
 皆の中にセイバーがいて。冬木の中で、彼女がかけがえの無い存在になっていく。
  それが、とても嬉しかったのだ。何より、ここに生きる彼女が、こんなにも輝いていることが―――――。
 
 
 
 
 「それじゃ、皆がドーナツを待ってますんで。僕達はこの辺で。」
 「はい。皆にも宜しく伝えてください。」
 「おっけー。それじゃ、またねー。」
 「……………」
 
 最後まで仏頂面だったトリスタン少年を引きずるように、三人が店を後にする。
 「ふふ。何時の時代も、元気な子供はいいものですね。」
 「ああ。そうだな……」
 
 そして、彼らと楽しそうに話していたセイバーも、とても活き活きしていて良かった、とは、面と向かって言えはしない。
 
 
 
 
 しばらく、セイバーと一時のお茶を楽しみ、そのまま新都を後にした。
 今日は、とても得した気分のデート。彼女の笑顔も、そして、ここに生きる彼女の姿も見るコトが出来たのだから。
 
 「シロウ?どうなさったのですか?」
 「ん?何かおかしいかな。」
 「いえ、何となく楽しそうに見えましたので。」
 「ああ、そりゃあ………」
 
 暮れなずむ夕陽を遠くに見て、いつか歩いた橋を渡っている。
 あの時、もう無いと断じた時間も、今はこうして続いている。
 そして、セイバーは、ここで確かな足跡を残し始めている。
 
 「セイバーと一緒にいるから、かな。」
 「――――もう。答えになっていませんよ、シロウ。」
 
 少し、セイバーが拗ねた顔を見せる。お詫びと返答の代わりに、今まで繋いでいなかった彼女の手を、そっと握った。
 
 「―――――」
 「……………」
 
 
 少し冷たい風も、こうしていれば気にもならない。
 いつか来た道を、俺達は、また帰っていく。
 
 
 帰るべき、俺達の家へ。
 傍にいる、彼女と共に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 後日譚を、ひとつ。
 
 
 「な、なんと―――――」
 
 結局ポイントカードは衛宮家共有と相成った。そしてセイバーの野望を実現すべく、おやつはしばらくミスタードーナツ一辺倒。
 だが、それも悪くはなかった、と思う。
 
 「なんと愛らしい時計……!!シロウ、感謝します!!」
 
 なぜなら。
 こんなに喜んでくれる彼女を見られたのだから。
 
 
 (END) |